盲目の保護牛は、お気に入りの歌を聞くたびに心が溶けていく
夜が深まり、星が牧場の空に静かに輝く頃、納屋の隅にある干し草のベッドに、一頭の大きな牛が静かに横たわっていました。彼女の名前はルナ。毛並みは白とこげ茶が入り混じり、体は大きくどっしりとしているのに、どこか儚さを感じさせるような佇まいをしていました。
ルナは盲目です。
生まれつき目が見えず、牧場に保護されたときも、少し怯えた様子でした。音や気配にとても敏感で、誰かが近づいてくるとピクリと耳を立てて身構える。でも、それは“怖いもの”から自分を守るための反射だったのかもしれません。目が見えない世界では、音がすべて。だからこそ、彼女にとって“音”は特別な存在でした。
ルナが初めてその歌を聴いたのは、ある雨の朝でした。
牧場のスタッフであるメグが、ルナの餌を運びながら、ふと小さな声で口ずさんだのです。
それは、昔おばあちゃんがよく歌ってくれたという、優しくてどこか切ない子守唄。
♪ 風が森を通りぬけて
君の夢を運んでくる ♪
すると驚いたことに、それまでどこか緊張した様子だったルナが、そっと頭を下げてメグの方へ寄り添ってきたのです。
目を閉じたまま、小さく鼻を鳴らし、まるで「もっと聴かせて」と言っているかのように。
それからというもの、ルナとメグのあいだには、音楽を通じた小さな絆が生まれました。
ルナは歌を覚えていたのです。あのメロディを聞くと、どんなに不安そうだったときも、体をゆっくり横たえ、耳をリラックスさせ、呼吸も穏やかになっていく。
音楽が、彼女の世界に「色」を届けたのです。
他の動物たちが自由に走り回る中で、ルナは自分の世界を静かに受け入れて生きています。だけど、彼女の心は決して閉ざされていません。むしろ、見えないからこそ、感じる力はとても豊かで、メグの歌や、そっと撫でる手の温もり、干し草の香り、風の流れる音…そんな些細なものすべてが、彼女の世界を彩っているのです。
あるとき、牧場に訪れた子どもたちに向けて、メグが再びその歌を歌いました。すると遠くにいたルナが、ゆっくりと歩いてやってきて、みんなの前で座り込み、まるで「この歌は私のものよ」とでも言うかのように胸を張りました。子どもたちは目をまるくして、その不思議で美しい光景に言葉を失っていました。
私たちはつい、目に見えるものばかりを信じてしまいがちです。でも、ルナは教えてくれました。
心で聴く音、心で感じる愛が、どれだけ深くてあたたかいかを。
今でも、日が沈む頃になると、メグは納屋の隅に座り、そっとあの歌を口ずさみます。ルナはそのそばでゆったりと体を丸め、穏やかな時間を共に過ごすのです。
彼女の目には何も映っていないかもしれません。でも、耳から届く歌の中で、彼女はきっと草原を駆け回り、やさしい光に包まれているのかもしれません。
盲目の牛、ルナ。
その大きな体とやさしい心には、誰よりも豊かな“景色”が広がっているのです。
それは、音と愛が織りなす、世界でたった一つの美しい物語。
Nhận xét
Đăng nhận xét