ペットの子羊の人生
ある春の朝、まだ空がほんのりピンク色に染まっていた頃、牧場の隅で一匹の小さな子羊が産声を上げました。ふわふわの白い毛、よろよろとした足取り、そしてどこか人懐っこい瞳。彼女の名前は「ゆき」。その名の通り、雪のようにやわらかく、清らかな存在でした。
この物語は、そんなゆきが「ペット」として迎えられたひとつの家族の中で、どんな日々を過ごし、どんな風に愛されてきたのかを描いた、小さな幸せの記録です。
ゆきがやってきたのは、郊外の小さな一軒家。庭には季節の花が咲き、裏の畑ではトマトやきゅうりが育っていました。その家には、夫婦と小学生の女の子・みなみちゃんが暮らしていて、最初は「犬か猫を飼いたいね」と話していたはずでした。
けれどある日、父さんが農家の友人から「迷子になって母羊とはぐれてしまった子羊がいる」と聞き、ほんの少しの間だけでも面倒をみよう、と家に連れて帰ってきたのです。
最初、みなみちゃんは少し戸惑っていました。「子羊って、何を食べるの?」「部屋でおしっこしないの?」でもゆきはそんな不安を吹き飛ばすように、玄関でピョンと跳ねながら、「メェ〜」と一声。まるで「よろしくね」と挨拶しているようでした。
その瞬間、みなみちゃんの心にすっと入り込んだのです。
子羊は、犬や猫とは違うペースで生きています。
騒がず、怒らず、いつも静かに人のそばにいる。
みなみちゃんが宿題をしていれば、そっと横に寝そべり、テレビを観て笑っていれば、その声に耳をぴくぴくと動かしながら見つめる。
彼女の温もりは、まるで布団の中に入りこんだ朝日みたいに、じんわりと優しい。
朝の草刈りに一緒に出かけたり、庭でかけっこしたり、午後にはお昼寝を並んでしてみたり…。そんな何気ない日常が、いつの間にか「かけがえのない時間」へと変わっていきました。
けれど、すべてが簡単だったわけではありません。
ゆきはミルクから干し草への食事の移行に少し苦戦し、夜中に鳴いてしまうこともありました。
お風呂が怖くて大騒ぎしたことも。
でも、みなみちゃんは毎回「大丈夫だよ」と言って抱きしめ、母さんはタオルで優しく拭いてあげて、父さんは「いい経験になる」と笑って見守ってくれたのです。
家族みんなが少しずつ、ゆきのペースに寄り添いながら暮らすうちに、ただの「ペット」ではなく、立派な「家族の一員」としての存在になっていきました。
ある夏の日、みなみちゃんが日記にこんなことを書いていました。
「うちに来た時は、子羊って何かよくわからなかった。でも今は、ゆきがいないと寂しくて、なんだか物足りない。ゆきは話せないけど、ちゃんと気持ちが伝わってくる。私は、ゆきにお姉ちゃんとして見られてるのかな。それならちょっと嬉しい。」
その文章を見つけた母さんは、そっと目頭を拭いながら日記を閉じました。
動物との暮らしには、特別な何かがあります。
彼らは言葉こそ話せませんが、その仕草、目線、ぬくもりで、深い愛情を伝えてくれます。
ゆきの人生は、もしかしたら普通の牧羊ではないかもしれません。
けれど、その穏やかな日々のなかで、彼女は間違いなく“幸せな子羊”として、愛され、大切にされて生きているのです。
そして今日も、みなみちゃんの足元で静かに丸くなりながら、ゆきは「ここが私の家」と言わんばかりに、幸せそうに目を閉じています。
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